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札幌高等裁判所函館支部 昭和36年(ネ)47号 判決 1962年5月29日

控訴人 被告 常野知一郎

訴訟代理人 長谷川毅 外二名

被控訴人 原告 岩手県漁業協同組合連合会 代表者理事 伊藤佐十郎

訴訟代理人 浅山正三郎

主文

原判決を取消す。

被控訴人の請求を棄却する。

訴訟費用は被控訴人の負担とする。

事実

一、当事者の申立

控訴代理人は「原判決を取消す。被控訴人の請求はこれを棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求める。

被控訴代理人は控訴棄却の判決ならびに原判決につき担保を条件とする仮執行の宣言を求める。

二、被控訴人の請求原因

(一)  被控訴人は、昭和二一年二月控訴人から、室蘭市所在日本製鉄株式会社輪西製鉄所構内溜池に貯蔵中の漁業用廃タールの内二千屯を、代金四九万五千円、引渡場所室蘭港桟橋、受渡方法は買主たる被控訴人が必要の都度数量を指示してその引渡を申し出で、容器であるドラム罐を右溜池の周辺中控訴人の指定した場所に持込んで受領し、昭和二二年一月末までに全部引渡を受ける約定で買受け、控訴人に手附金として金二〇万円を交付した。

(二)  しかるに、控訴人は右引渡期日までに四三四屯、代金一〇万七千五百円相当のタールを引渡したのみで、その余の引渡をなさなかつたので、被控訴人は昭和二四年一〇月一二日控訴人に対し内容証明郵便をもつて右郵便到達後一〇日以内に残量の引渡をなすべき旨履行の催告をしたのに、控訴人は右期限を過ぎても催告に応ぜず右タールの引渡をしなかつた。そこで、被控訴人は同年一一月一五日控訴人に対し右不履行を理由に残余の部分について売買契約を解除する旨の意思表示をした。

(三)  ところで、右売買契約には、控訴人において右契約上の義務に違反した場合には、被控訴人が交付した手附金のほかこれに対する右金員交付の日から日歩三銭の割合による金員を支払う旨の特約が附されていた。

(四)  よつて、被控訴人は控訴人に対し右手附金二〇万円から前記引渡を受けたタールの代金一〇万七千五百円を差引いた残金九万二千五百円およびこれに対する手附金交付後の昭和二二年二月一日から右金員完済にいたるまで特約の範囲内である年一割の割合の金員の支払を求めるため本訴請求に及んだものである。

三、控訴人の答弁ならびに主張

(一)  請求原因(一)の事実中引渡場所の点を除きその余の事実、(二)および(三)の事実は認めるが、その余は争う。本件タールの引渡場所は製鉄所構内溜池の周辺である。

(二)  控訴人は、残余のタールも被控訴人に引渡すべく、引渡作業に要する十四、五名の人夫を配置し、被控訴人が容器のドラム罐を持参してその引渡を求めるときは何時にても引渡をなしうる準備を整え、被控訴人にその受領を催告していた。しかるに、被控訴人はその受領を怠つたためタールを引渡すことができないでいたところ、その後本件タールは同会社労働組合員のため無断で持去られ、被控訴人より前記履行の催告を受けた当時すでに、溜池に貯蔵中のタールは全部滅失していたのである。そして、右タールは前記のように同会社の製鉄所構内の溜池に存在していたものであるから、その保管責任者は同会社であつて控訴人ではない。したがつて、右滅失による履行不能は債務者たる控訴人の責に帰すべからざる事由によるものであるから控訴人に債務不履行の責はない。よつて、被控訴人の契約解除の意思表示は無効であつて、これを前提とする本訴請求は失当である。

(三)  仮にしからずとするも、本件売買契約当時本件取引の目的物たる漁業用タールは価格および配給ともに統制されていたものであるから、右売買契約は統制法規違反の契約として無効である。したがつて、本件手附金は不法原因に基く給付として被控訴人においてこれが返還を求めることができないものである。

四、控訴人の主張に対する被控訴人の答弁

本件取引物件は廃タールであつて統制外のものである。

五、証拠関係

(一)  被控訴代理人は、甲第一号証の一ないし三、同第二、第三号証の各一、二、同第四号証を提出し、原審および当審証人藤沢栄一(当審では第一、二回)の証言を援用し、乙号各証の成立は認めると述べた。

(二)  控訴代理人は、乙第一、二号証を提出し、原審証人玉田季義、同佐々木直の証言および原審、差戻前第二審、当審における控訴本人尋問の結果(当審では第一、二回)を援用し、甲第四号証の成立は不知、その余の甲号各証の成立は認めると述べた。

理由

一、被控訴人が昭和二一年二月控訴人から、室蘭市所在日本製鉄株式会社輪西製鉄所構内溜池に貯蔵中の漁業用廃タールの内二千屯を代金四九万五千円、受渡の方法は買主たる被控訴人が必要の都度数量を指示してその引渡を申し出で、容器であるドラム罐を右溜池の周辺中控訴人の指定した場所に持込んで受領し、昭和二二年一月末までに全部引渡を受ける約定で買受け、手附金二〇万円を控訴人に交付したこと、被控訴人は控訴人より代金一〇万七千五百円相当のタールの引渡を受けたが、残余の分については引渡を受けなかつたので、控訴人に対し昭和二四年一〇月一二日内容証明郵便をもつて履行の催告をしたが、控訴人が定められた期限を過ぎてもタールの引渡をしなかつたので、被控訴人は同年一一月一五日控訴人に対し同様内容証明郵便をもつて控訴人の右不履行を理由に残余部分について契約解除の意思表示をしたことは当事者間に争がない。

二、成立に争のない乙第一号証、原審証人玉田季義、原審および当審証人藤沢栄一(当審では第一、二回)、の各証言、原審および当審における控訴本人尋問の結果(当審では第一、二回)によると、本件タールは前記製鉄所構内の溜池周辺で被控訴人の持参したドラム罐に詰替えられたが、その最終的の引渡場所は室蘭港桟橋とする約定であつたこと、控訴人は本件契約成立後約旨に従い被控訴人が容器であるドラム罐を持参し必要数量の引渡を申し出た都度タールを引渡し、昭和二一年八月末頃までに前記の如く代金一〇万七千五百円相当のタールを被控訴人に引渡したが、以後被控訴人側はタールの品質が悪いと主張して引取に来ず残余タールの受領を拒んだこと、その後においても控訴人はタール引渡作業に要する人夫十四、五名を雇つて配置し、同年九月以降は気温低下のためにタールが凝結しドラム罐の詰込作業が困難となるので前記溜池にスチームを引込んで凝結を防ぎ、被控訴人がドラム罐を持参して引渡を求めるときは、何時にても引渡をなしうる準備を整え、同年一〇月頃まで数回に亘り被控訴人に対し、前記溜池附近にドラム罐を持参し残余タールを受領すべき旨を催告したが、被控訴人はこれに応じなかつたこと、そこで控訴人はこのまま右の如く引渡準備を続けるにおいては費用が嵩むところから同年一〇月頃前記溜池からスチームを取外し人夫を引揚げたところ、同年冬頃右取引に関係のない同会社労働組合員が右溜池のタールを全部無断で取り出し他に処分したため、控訴人が被控訴人より前記の如く引渡方の催告をうけた昭和二四年一〇月当時すでに溜池に貯蔵中のタールは全部滅失していたことが認められる。

三、ところで、前掲各証言、控訴本人尋問の結果によれば、控訴人は前記会社より前記製鉄所構内にある溜池中正門から入り左側に存する特定の一溜池に貯蔵してあつた廃タール全量(約三千屯ないし三千五百屯)を買受けていたもので、被控訴人に対する本件売買においては右の特定の溜池に貯蔵中のタール全量約三千屯ないし三千五百屯中二千屯がその目的物とされたものであることが認められるのであるから、右売買契約から生じた買主たる被控訴人の債権は制限種類債権に属するものというべきである。そして、前段認定の事実によれば、控訴人は被控訴人が残余タールの引渡を申し出で容器を持参すれば直に引渡をなしうるよう履行の準備をなし、言語上の提供をしただけであつて、被控訴人に引渡すべき残余タールを前記溜池から取り出して分離する等物の給付をなすに必要な行為を完了したことは認められないから、残余のタールの引渡未済部分は未だ特定したと云い得ないけれども、前認定の如く、右引渡未済部分も含めて右特定の溜池に貯蔵中のタールが全量滅失したのであるから、控訴人の残余タール引渡債務はついに履行不能に帰したものといわなければならない。

四、そこで、右履行不能が控訴人の責に帰すべき事由によるものであるかどうかについて考えるのに、本件残余のタールが特定するに至らなかつたことは前叙のとおりであるから、控訴人は特定物の保管につき要求せられる善良な管理者の注意義務を負うものではない。ただ、本件の如く、特定の溜池に貯蔵中のタールの内その一部分の数量のタールの引渡を目的とする制限種類債権にあつては、通常の種類債権と異なり給付の目的物の範囲が相当具体的に限定せられているから、その限定せられた一定範囲の種類物全部が滅失するときは、目的物の特定をまたずして履行不能が起りうるので、少くとも債務者はその保管につき自己の財産におけると同一の注意義務を負うと解すべきところ、これを本件についてみるのに、当審における控訴本人尋問の結果(第一、二回)によれば控訴人は前認定のように溜池からスチームを取外し人夫を引揚げた後は、本件溜池に貯蔵中のタールの保管について監視人を置く等特別の措置をとらなかつたけれども、右溜池は前記輪西製鉄所の構内にあり、右製鉄所の出入口には昼夜引き続き右製鉄所の守衛が配置され、第三者がみだりに右構内に出入することはできない状況にあつたので、控訴人は格別の保管措置を講ぜなくとも盗難等による滅失の虞れはないものと判断して会社の管理下に委ねたもので、漫然野外に放置して、目的物を捨てて顧りみなかつたものではないことが窺われるので、本件目的物の性質、数量、貯蔵状態を勘案すれば、控訴人としては本件タールの保管につき自己の財産におけると同一の注意義務を十分つくしたものと認めるのが相当であつて、この点について控訴人に右注意義務の懈怠による過失はなかつたものと云わなければならない。その他右滅失につき控訴人の故意又は過失を認めるに足るべき何等の証拠がない。

五、しからば、被控訴人が控訴人に対しなした債務不履行を理由に本件売買契約を解除する旨の意思表示は無効であつて、これを前提とする本訴請求はその余の点について判断するまでもなく失当として棄却を免れないい。よつて、右請求を認容した原判決はこれを取消し、被控訴人の請求を棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第九五条第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 羽生田利朝 裁判官 船田三雄 裁判官 浅野芳朗)

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